これは詠春拳の小念頭を長くやっていると分かる感覚ですが、ひとことに攤手や伏手で使う筋肉を練る、といっても肘を閉じた初動の位置とある程度伸ばした終動付近の位置では使用されるそれぞれの筋肉の出力する割合が変わってきます。それだけでなく、動作の初めで参画していた筋肉が必要なくなったり、逆に動作の終わり頃に働き始める筋肉もあるでしょう。
例えば私の場合は、左と右でこの反応が違ったりする部分はあるのですが、伏手の動作の際の右側の大胸筋の動きを観察してみると、
- 初動では大胸筋は働いていない
- 中盤でわずかに大胸筋が参画し始める
- 終動ではまた大胸筋の緊張がほぼ解ける
- 終動を超えて無理に肘を前に出すとふたたび大胸筋が働き始め、今度は強めに収縮し始める
というような感じになるようです。ちなみに左の伏手については終始大胸筋が働いていて、肘が前に出るほどその緊張が強くなる、という感じです。この私の伏手の動作について考えれば、右の動作で大胸筋の力を使っていない時間があることを考えると、伏手の動作はさほど大胸筋を必要としていないことが分かるので、私の左伏手はまだ無駄な筋出力を省く余地があると言えるのかもしれません。
もちろん、これは私の例であり、どちらが正解なのか、あるいは両方とも不正解なのか、私にはまだ分かりません。でも、ここは人によって差があるのではないかと私は推察します。
ちなみに、私が習った方法では大胸筋の力をかなり抑制することはできますけれども、肘をかなり内側に絞るやり方をする団体においては大胸筋を使わないで動作を完遂するのはかなり難しくなるでしょう。しかしいずれの方法でも、その武術的な出力は強大です。どちらが正しい、というものではないと思います。
他の武道から見て詠春拳の小念頭の動作が遅すぎることに対し、「実際に素早い動きが求められる武術において、それほど時間をかける練習は無駄だ」という批判もよく聞きます。しかし、この方法によって練られた体を持つ私の当時の先生や先輩方の力は強大であり、当時ウエイト・トレーニングをしていてそこそこ筋力があった20代の私でも対抗するのはほぼ無理でした。
こういうタイプの力を得るためには、動作に対する筋肉の配合を精密に練る必要があると思われ、そのためには少なくとも初期段階では相当ゆっくり動かないと、よほどの天才でもない限り筋肉の動きを改めていくことが難しいのではないかと思われるのです(凡才の私では、天才の感覚は想像がつきませんが…)。
それに、実際には伏手などの術技は静止したものではありません。少しずつ肘が前に押し出され、その位置を変えていく中で、各筋肉の配合を微妙に変えていかねばなりません。これがやっかいな問題で、私の場合はちょっと集中力が途切れると初動で使っていた筋肉をそのまま終動まで残してしまって、無駄な緊張を発生させていることが多々あります。ミリ秒とは言わないけれども極めてゆっくりした動作の中でのその一瞬一瞬で最適な筋配合をギリギリの出力で守っていかなければならないのです。
筋肉を動かすのは体性神経系ですので、神経の鍛錬、といったほうがいいのかもしれませんね。
練習が進むと覚えるべき技も多くなり、小念頭だけに時間を取るべきではない、という部分もそれはそれで正しいと思います。実際練習が進むと、初学のときより全身が敏感になり、より短い時間でも筋肉の感覚を得たり、それを元に修正していくことも可能にはなります。
初学ではまず筋肉の使い方を覚えるのが重要なので特にゆっくりした動作が必要になると思われます。先生に伺った目安としては、攤手、伏手、護手のそれぞれの動作に5分ということでした。ただ、ずっと二字紺羊馬で立ち続けるとそちらの苦しさに気を取られて上半身の意識が分散するので、練習を区切って分習するのでも構わない、とのことでした。
初級を経て練習が進んでも、速い動きばかりを繰り返していると細かい筋肉の動きが大雑把な動作に置き換えられがちになります。これを修正する目的で、中級者以上でもたまには時間をかける小念頭をやっておいたほうがいいのではないかと思いますね。
現在の私の練習では1回の小念頭について、20-45分くらいをかけるようにしていますが、たまにより精密に自分の動きを分析するときに45分くらいをかけるようにしており、平均的には35分くらいのことが多いです。
今回、筋肉の感覚をつかみやすい例として大胸筋の緊張を上げてみましたが、スクールに通っていたときに受けた膀手の指導では、その終動では大胸筋はほぼ働かない、ということが分かりました。これについては私でも、左右関係なく大胸筋は働きません。これはエアでも、相手から伏手などで力をかけられた状態でも同じでした。
忘れてはならないのは、エア=独練のときは重力以外の抵抗がかからないため、出力は腕の位置を最低限の力で支えるレベルのものになりますが、黐手=対人練習では相手の力を支えられる出力が必要になるということです。さらに、力が加わる方向は重力方向とは異なるので微妙に筋肉の使い方も変わってくるでしょう。
ですので、本来は小念頭のような独練だけでなく、黐手のような対人練習も必要になるはずです。小念頭で覚えた必要な筋肉を実際の動作で強く出力するための練習ですね。残念ながら私の場合この黐手の練習が欠けていて、ブルース・リーが著書で紹介していたような「もの」に対して力をかける練習しかできていない状態です。
すでに現在では強くなることや勝つことが目的ではなくなっているため、個人的にはいい練習ができているとは思いますけれども。