栓抜きパンチ

栓抜きパンチ

ブルース・リーの有名なワンインチパンチ。相手の至近距離に拳を突きつけた状態から、突然打ち込んで相手を吹っ飛ばす彼流のデモンストレーションで、もととなっているのは中国武術の寸勁と言われる技術です。

さて、表題の「栓抜きパンチ」は彼の著作、”Bruce Lee’s Fighting Method”(死後に刊行)に紹介されたワンインチパンチを紹介しているコーナーに登場する技術です。パンチがインパクトする瞬間に、下に向けた拳を上に向けて、ビール瓶の栓を抜くような手首の動作を行うのです。

詠春拳の実技を習い始めた初日に、直拳という最も基本的な技を習いました。

これがそのときのメモです。これは、ブルース・リーの書籍にあった写真解説そのものですが、ひとつ大きな違いがあります。

ブルース・リーはあくまで極端な短距離パンチ用の技術としてこの「栓抜き」パンチを使いました。でも、先生が教えてくれたのは明らかな長距離パンチです。そんなパンチのインパクトの瞬間に、こんな器用な打ち方をできるものなのでしょうか? 手首をくじくのが関の山なのでは?

その疑問に対する回答は数ヶ月後に明らかになりました。先生が、実はこの動作は「ウソだ」とおっしゃったのです。「詠春拳では、こんな小手先の工夫をする必要もなく強力なパンチを打てる」「こんな技術を使う人は、本当の詠春拳を知らない未熟な人だ」と。どうやら、習い始めでは生徒を試すようなことをして、相手の態度で本当のことを教えるというのは、この先生だけではなく、中国武術のスクールの一般的なやり方だったらしいです。その「ウソ」に、比較的有名なブルース・リーのこの「手首理論」を利用したわけですね。私の先生も、その上の先生に同じようにされたそうですから。

また、先生は「ブルース・リーが未熟だからこの用法を信じていた」という思いもあったようでした。入門してくる人の多くがブルース・リーに「毒されている」ことに危機感を持っていたような節があり、そこから脱却させたいという気持ちがあったのかもしれません。

ブルース・リーが未熟かどうかはさておき、このような「ウソ」をときどき混ぜてくることが、私には苦痛でした。信頼がだんだんと疑念になっていき、最終的にこのスクールと距離を置くことに決めたきっかけになりましたので。

さて、そのウソの技術について、ブルース・リーの書籍にはこのように書かれています。

この垂直拳パンチは5インチ以下の至近距離からのパンチでのみ使われる。これを長距離パンチで使おうとすると、インパクトでのタイミングを逸するだろう。ワンインチパンチとは、よりデモンストレーション寄りの目的のものだ。通常、あなたは本当の闘いの状況で手首を曲げようなんて思うことはないだろう。というのも、あなたが手首を怪我する原因となりかねないからだ。

“Bruce Lee’s Fighting Method” Bruce Lee & Mito Uyehara publishet by OHARA Publications (翻訳 中原)

ブルース・リーの言葉を信じれば、先生は入門者にひどいウソをついていることになります。護身を目的に習い始めた人間が、本当のことを教わらないまま危険なシチュエーションに遭遇したときに、誤った用法で対応してひどい目に遭ったら、どう責任を取るのでしょうか?

とはいえ、私自身は今も先生のメソッドで練習を続けているわけなので、その部分では大変感謝をしています。これからスクールに通う予定の人には、武術のスクールがこういう側面を持っている可能性があることを頭に入れていただきたいと思います。

さて、この栓抜き動作、そんなにひどいものなのでしょうか? 当初私はこれがブルース・リーのオリジナルかと思っていましたが、ブルース・リーの直接の指導者だった黄淳梁師父が出演したビデオでもこの動きが紹介されているのです。当然、ブルース・リーが述べたことと同様、至近距離のパンチの技術としての紹介です。これが未熟な人向けに会えて隠して伝えているのか、至近距離でのパンチで威力を増幅する工夫なのかは、私には分かりません。

この手首のトリックが小手先の技術と断じるのは簡単です。では横拳で突く武術のひねり動作はどうなんでしょう? 小手先と馬鹿にすることは妥当ですか?

実際にやってみればわかりますけど、短距離からの掌で相手のアゴを打つときなどは、軽い縦動作はいい感じで使えることもあります。

私自身は基本的にはこの技法を寸勁でも利用しませんが、一概に未熟な人用というのはどうなんでしょう? 私は未熟な人にはこの動きはできないと思います。また、カラダと肘を連動したときに自然にこれに近い動きが助長されるケースもある気がします。

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