詠春拳のスクールに通い始めると、小念頭という基本の型と、自由組手に近い2人組の練習をほぼ同時に開始しました。この方針は特にこのスクールに限られたものではなく、他の多くの詠春拳スクールで採用されているようです。技を突き詰めるのは別の話として、護身術としてある程度の即効性を求めた結果なのだと思います。実際、詠春拳が生まれたころの広東省の状況などを考えれば、護身術として使えるのに10年もかかる武術に時間を費やす猶予はなかったのかもしれません。
ただし、当然といえば当然ですが、このようなスタイルで練習を進めていく場合、技が固まらないまま攻防を行うことになるので、動作がめちゃくちゃになりがちです。空手経験者の私から見て、1年以上練習されている先輩方でもその足下がちょっとよちよち歩きというか、不安定というか、動きが固まっていないというか、そんな印象を受けたりもしましたから。
一応、歩法も基本的なものは早い段階に習います。私が習ったのはおそらく3種類で、子午馬による継ぎ足での前進後退と、側身馬による継ぎ足での左右への動き、そして三角歩という側方へ動いたあと、斜め前に入る動きです。それでも、多くの練習生は自由組手のような対練でこれらを活かすことができないでいました。その動きをしたいとき、どういう風に歩法を使えばいいかを習っていないためです。
この点について、私の先生は「詠春拳の場合、まだしっかり『歩けない』状態に無理に歩法を当てはめようとしても、変な癖が付きやすくてしっかり身につかないからですよ。先代の先生も同様に教えているので、このスクールでもそれを踏襲しています。まずは歩法をどうしようかとか考えずに、自然にしっかり歩いて相手の動きに対応できるようにしてください。」ということでした。
こんなこともあって、スクールでは私も自由な攻防をしながらよたよたと歩いていたことを思い出します。
でも、私よりあとに入った生徒さんが香港に留学され、ブルース・リーの兄弟子(実質的な師)である黄淳梁(Wong Shun Leung)師傅のスクールで学んできたあとに組ませてもらったら、全く歯が立たなくなってしまってびっくりしたことがあります。簡単にセンターをとられてしまうのです。別の生徒と攻防しているのを見ると、詠春拳の歩法が効果的に使われていて、足下が本当にしっかりしている印象を受けました。
「まずは歩くことから」。これは確かに重要なんだと思います。おそらくは、香港に留学された方も、それ以前にしっかり歩くことを日本でやりこんでいたから、あれだけ見事な歩法を身につけてこられたのでしょう。
ただ、この例を見ると、ごく初期から自由攻防を採用する詠春拳なら、何年も待たずに一定のタイミングを見計らってきちんとした歩法を採り入れて、身につけた歩きと合わせていく必要があるのではないかと思いました。
40代まで、自身の練習としては昔のスポーツ空手の動きをベースにしたフットワークの練習が多かったのですが、年を取ってきた今、無駄のない詠春拳の動きを再評価するようになり、最近は当時習った各種歩法をほぼ毎日練習しています。
でも、子供たちに対人練習を手伝ってもらうときは、やはり使いやすい、もっと自由なフットワークを使うことが多いですね。三角歩よりも回り込む方が好きなので。過去に習った詠春拳の技を復習するのは楽しくて、また体も変わるのでそれはもう面白いのですが、やはりもうちょっと自由に動きたいな…というストレスを感じることはありますね。