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前夜

基本的に、このブログには現在の私の武術の練習における「気づき」など、技術的なメモを中心に記録していく予定でいます。

ただ、今なぜ武術の練習を続けていて、今後どのようなことを実現していこうとしているのか、そろそろ整理した方がいいだろう、と考え始めていることもあり、まずは武術を始めたころから、現在に至るまでの心の動きを記すところから始めてみたいと思います。

初回の記事となる今回は、私が武道・武術に出会う以前のことについて書いてみます。

幼少時代から、私は全く運動ができない子供でした。親から聞いた話では、文字や言葉を覚えるのはかなり速かったそうです。また、自分自身では絵を描いたり、ものを作ったりするのが得意であることを早くから自覚していました。両親は、私があまりにも体を動かすことが苦手なようだから、文学とか芸術とかの道に進むことを希望していたようです。

最近になり、少年時代の自分が抱えていた「違和感」について、もしかしたら、という気持ちもあって、今年の年始、母親に当時の私の印象について尋ねてみました。これはちょっと勇気がいる確認だったのですが「何らかの問題を抱えた子供ではなかったか?」と聞いてみたのです。母も今だから言ってくれたのだと思いますが「正直に言うと、そういうところはある子供だと思っていた」との回答でした。「当時はあまり情報がなかったしねぇ…。はっきりとは分からないけど」。おそらくいろいろと苦労をかけたのだろうなあと思います。

思い返せば、子供の頃から対人関係には苦労をしていましたし、学校の机の中がだらしないと言われたり、そのことで親が学校に呼び出されたりすることもありました。前述したように、運動能力も極端に低い。私の体育の成績は、中学校2年生まで5段階評価の「2」だったのです。小学校低学年の頃、私自身に「首振り」とかアゴに力を入れて意味のない声を出すクセがあったのを自分でも覚えていますが、ある日父がそんな私を見て、「なんでこの子は首を振るのか…」とつぶやいたことがありました。今、親になってみると当時の両親の複雑な気持ちが分かるような気がします。

これらの記憶している内容を一つ一つピックアップすると、最近では一般的にも知られるようになった「発達障害」のある種の特徴に合致しているように思われます。もちろん、当時は周りの大人もそんなことは分からず、診断を受けたわけではありません。また、今から確認のために診断を受けようという気持ちも今のところはないですね。

というのも、大人になる過程でさまざまな気づきから自分自身で問題となっていっている部分を少しずつではありますが、修正していくことができたからです。人付き合いは今でも得意ではないし、整理整頓も得意ではありません。でも、前者は社会人キャリアの前半でフィットネスインストラクターという不特定多数の方々と接する仕事を選んだことで、大きく改善されました。今でも、何人かのお客さんと仲良くさせていただいています。整理整頓は、素晴らしき伴侶を得たことで、「やってもらう」ことが多いのですけど、大きな問題にはならなくなっています。そう、外の力を借りることも重要なことですね。

運動も、未だに新しいことを覚えるのは他のみなさんと比べると早くはないと思いますが、おそらくは同じ年代の人で、私と同じパフォーマンスをできる人はそう多くないと思っています。その根幹に武道・武術があると確信していますが、これらを始めることで幼少時代との自分と決別する、と決めたのが中学校の2年生のときでした。1979年のことです。