はじめに
私は詠春拳を習い始めて以降、大会や試合に出場したことがありません。当時は詠春拳を初めとする中国武術にそういう場がなかったということもありますが、詠春拳という「武術」の「鍛錬」と、スポーツ格闘技の「試合」とでは目的が違うので、そのような場には意識が向きにくかったということが大きな理由だと思います。
その代わりに、私の場合はいくつかの格闘技と交流したり、スパーリングをしたり(マス・スパーリングを含む)していました。スパーリングは両者の優劣をつけるものではなく、基本的にはお互いの技を試し合う、磨くことが目的で、いわゆる試合とは目的が異なります。
この交流スパーリングについては、極力先生にはそれがバレないように気を付けていたんですけれども、先輩を交流スパーリングに誘ったりしたこともあったので、かなり早い時期から伝わっていたようです。こういう私の態度はあまり先生を喜ばせるものではなかったようで、直接的に「私のことだ」とは言わないけどパプリックに批判されたこともありましたね。
当時は私も若かったし、せっかく覚えた技術が役に立つのか試してみたい、という気持ちは強かったと思います。私の場合はスポーツクラブ勤務だったので、相手(スタッフ、メンバーさま)や場所に恵まれていました。
最近、「詠春拳は弱い?」にアクセス集中していることもあって、今後私の経験上感じた、詠春拳の優位点や制限事項などに触れていきたいと思います。今回はそのうち、詠春拳に感じた長所を紹介していきます。
あくまでも修行が浅い私の感じたことですし、きっと相手も私と同じくらいの修行年数の人が多かったのではないかと思います。さらに、ご紹介する話のほとんどが20年以上も前の出来事で、現在の武道・武術・格闘技の情報が溢れている現在とは状況が異なることはご承知おきください。
マイナーで未知の武術の三角理論を活用
入門2ヶ月くらいで詠春拳が身についているはずなんかないんですが、当時の私はこの武術にとても入れ込んでいましたし、「三角・四角・丸」で述べた三角の理論を使った過手(相手との接触がない状態での組手)での「パパパッ」という攻防にも慣れ、動体視力もついてきたことでなんか急に強くなったような気がしていたのを覚えています。
その頃、スポーツクラブの同僚で、ほぼ同じ体格の2-3歳年長だったフルコンタクト系空手の経験者と業後によくスパーリングをしていました。詠春拳を始める前はほぼ互角の攻防をしていたのですが、詠春拳を習って2ヶ月経過してからは、私のほうが優位にスパーリングを行えるようになりました。その頃の自己分析では、
- 相手が詠春拳を知らない/それまで蹴りばかり使っていた私が突然手技で攻め込むようになった
- とりあえず前に出るので間合いが潰せるようになった
- 三角の理論で相手の中心をとれるようになった
- 詠春拳の先生が、フルコンタクトルールの空手に対応する技術(アダプター含む)をたくさん教えてくださっていた
- 今回のアイキャッチの画像はその当時習った技術のひとつをメモしたものです
というところにありますかね。特に、相手が詠春拳を全く知らない、というところが大きかったと思います。2021年12月現在の、世界各国の動画が手に入る現在ならいざ知らず、当時はちょっとマニアックな人が「ああ、ブルース・リーが子供時代に習ったという…」という程度なものでしたから。
脱力による安定感とそれを活かした力の活用
その後1年ほど経ち、別のスポーツクラブに移りました。このときフィットネス・インストラクターのバイトリーダーとなった私は、同じくバイトスタッフで私より体重が35kgほど重い、元学生相撲選手だったスタッフとスパーリングすることになりました。お互いにちょっと熱くなった部分があったものの、終始私が優位でした。先生から「詠春拳をやると、自分の体重が+30kgくらいの感覚になる」とは伺っていましたが、それを体感できたスパーリングでした。
彼は私より若い10代で、アメフト時代にベンチプレス150kgを上げたこともあると公言していましたので、ちょっと私に対してフィジカルな優越感を持っている印象がありました。私としては、自分がインストラクターのリーダーだったこともあって、軽くお灸を据える目的もあったと思います。
彼にしてみれば、軽く1発の張り手で吹っ飛ばせると思っていた軽量の私に正面から受け止められ、何度も斜めから崩され、倒れかけたのがショックのようでしたが、それからすごく素直にいろいろなことを聞いてくれるようになり、助かりました。
この体験は、習い始めたころに感じた優位点に加え、
- 少しだけ詠春拳の力を出せるようになっていたこと
- その結果、四角の力でも対峙できたこと(さすがにギリギリですが)
- 相手の動きが直線的で、常に前に体重がかかっていたこと
- このころは脱力で自分の体重が(感覚的に)重くなったように感じられていたこと
- (物理的な体重は変わっていません)
といった理由が、私が有利になる方向に働いたんじゃないかと思っています。
この他にも似たような経験を複数しましたが、詠春拳は前に直線的に出て来る相手にはめっぽう強いな、と感じました。
ストッピングに有効な蹴り技の活用
同じ頃、テコンドーの道場生ともちょっとしたことからスパーリングすることになりました。相手は先輩社員さんで、その彼が「中国拳法なんて、健康体操だろ? おれがやっているテコンドーは超実戦的な格闘技だ」とやたらマウントを取ってくるので、「じゃあ、あなたがいう実戦的な技を見せて」とエアロビクス・スタジオでスパーリングすることになったのです。
彼が何個か技を出してきたのを捌いた後、彼はいきなり後ろ回し蹴りを出してきました。このころは私も詠春拳の蹴り技を使えるようになっていましたので、彼の蹴り脚が地面から上がるか、上がらないかのうちに私の前蹬腿によるストッピングが彼のハムストリングスに命中し、見事に倒れてくれました。すると「それは反則技だ。ずるい!」と言われてしまって(^^;)。実戦に反則なんてあるのかな。
さらに彼はムキになって、また懲りずに後ろ回し蹴りを出してきました。ハムストリングスへの打撃が反則というので、今度はお尻に強めのストッピングを入れてやったところ、またまた転倒。今度はダメージが大きく、スパーリングが続行不能となりました。
私が後ろ回し蹴りに余裕を持って対応できたのは、過去に苦い経験があって、その後対応方法をたくさん練習していたからですが、それは次回の「弱点」のほうで改めて述べようと思います。
このスパーリングで私が出したのは、詠春拳の前蹬腿(前蹴り)2発のみ。このスパーリングに関していえば、
- 私の場合、もともと蹴りが得意だった
- 曲線の大きな蹴りよりストレートな最短距離を取った蹴りのほうが速い
- 実際には少し弧を描くんですけど
- ストッピングをよく練習していた
ことが私にとって優位に働いたと思います。
歩法の活用で間合いを潰す
伝統空手とのスパーリングでも、体格が同じくらいの人に関しては優位に進めることができました。身長が高い西洋人相手だと逆にピンチになったことがありますが、そちらは次回に述べることとします。
スポーツ組手の選手に対しては、
- 相手の反応に関係なく前進し続けることで、間合いを潰すことができた
- 私自身がスポーツ組手の反応をよく知っていた
- 相手が寸止め前提なので、前進によって受ける可能性がある突きや蹴りが怖くなかった
- 自分もそうだったんですが、当てる前提の突きと、止めるつもりが当たったという突きではまるで違います
ことが大きかったです。
他の打撃系武道の場合、前に置いた足を後ろの足が追い越すというのはあまり見られない歩法だと思います。このとき相手になったポイント制空手の場合は追い突きや、付いた勢いで足が入れ替わることはありましたが、詠春拳のように「普通に歩くようにして」間合いを詰めてくるのには面食らったようでした。
「歩くことから」にも書いたとおり、黄淳梁老師の武館から帰ってきた人は詠春拳独特の歩法がとてもうまくなり、単に歩くのではなく、前足の踏み込みや、前足に対する後ろ足の送り方も大変効率的になっていました。本当は私もそういう間合いの詰め方をできるとカッコ良かったのですが、基本的には普通に歩いて詰めることが多かった記憶があります。もちろん、「歩いて間合いを詰める」のもそけい部や中線を守る準備が万端にできた状態での行動でした。
詠春拳の感覚と多彩な手技を活かす
伝統空手でもスポーツ的ではない伝統的な技を使う年齢が高めの方々とのスパーリングは大変勉強になりました。このうち一人の方はとある企業のアメリカ研修で一緒になった方で、空手五段とおっしゃっていました。この方が詠春拳ほどではないのですけれども、かなり接近しての攻防をなさる方だったのです。多分私より20歳くらい年上だったということもありましたし、常に離れず接近して戦ったため、ほぼ相手に何もさせない一方的な組手となったこともあって、私の詠春拳に関する信頼が非常に高まる経験となりました。
これについては
- 接近戦に置ける、腕の感覚、攻防の感覚が優っていた
- 攔截が大変役立った
- 相手の方は攔截に関する知識が多少あったように見えましたが、それを上回る反応だったようです
- 圧力で大きく上回った
これにつきると思います。黐手や過手をやりこんでいたこともあると思いますが、過手の基礎となる複合招式の約束練習が本当に役に立っていたと思いますね。
まとめ
いくつか例を挙げましたが、詠春拳でうまくスパーリングできた最も大きな理由は、「詠春拳が知られていない武術」だったことと、「私のほうは相手を戦い方を知っている」という状況だったことでしょう。もしかしたら、今でも形だけしか分析していない相手であれば、詠春拳修行者はうまくやることができるかもしれませんが、私のように楽ではない可能性が高いですね。
また、詠春拳の優位点は今回紹介しただけではありません。スパーリングの最中に表情に出さない、技の起こりが分かりにくい、動きが最小限でコンパクト、独特の力(おそらく相手の想像以上)を出せそれなりに威力がある、など、いろいろ思い浮かぶことがあります。
今回は修行段階と経験に沿ってまとめてみたので、それぞれの要素がきれいに整理出来ているわけではありません。今後、それぞれ単独のテーマに沿って、可能な限り詳細をまとめてみたいと思います。
あるいは別途、詠春拳だけでスパーリングを行った際の感情や反応、工夫などを、別途まとめることもあるかもしれません。
今回は長所、優位点についてまとめましたが、次回は私が感じた欠点や弱点について述べてみたいと思います。ただ、必ずしも、詠春拳そのものの弱点ではなく、単純に私の弱点であったケースも含まれるのでそこはご承知おきください。